2012年01月13日

一日中、川を眺めていて気がついた5つのこと。

旧江戸川

 一日中、川を眺めていました。


 なかなかこの年になって、自発的に「よし、今日は一日川辺でごろ寝しよう!」と時間を使うことはできませぬ。とはいえ、一日テレビ見てたり、一日ネットしてたりする事はできる訳だから、川を眺めることも出来ないわけじゃないんだけどね。
 でも、電子機器からも完全に離れて、ぽえーと川を眺める一日を過ごすというのも、たまには悪くない。サイクリングして良い汗をかくわけでもなく、誰かを思って手紙を書くわけでもなく、機械をいじって何かを生み出すわけでもなく、パーティで楽しい時間を過ごすわけでもなく、ただ堤防でごろ寝する。ありがたくもこのような時間を用いて安らぐ事が使命の身、腰をすえて時間をもてあましてみようじゃないか。

 PCも電話も何も無い状態で、川辺で過ごすという一日から、僕が気がついたこと5つ。


1・何も気がつかない。何も変わらない。

 いきなり前提を覆しますが、5つどころか1つも気がつくことはありません。ただの川でした。

 そうそう。たゆたう川を一日中眺めてたからといって、何か悟ったりするわけじゃないのですよ。
 無駄なのです。無駄な一日なのです。なにも気づく訳がないのです。だって寝てるだけだもん。
 何か悟ろうと思ってごろごろすること自体がさもしいのです。

 でも、その無駄がとても有難い。そして大事だという事だけはなんとなく解るのです。
 30年以上、乱暴に扱ってきた僕の身体は、こういう一日を重ねるたびに楽になっていくのです。


2・寒い・眠い・腹減った。

 当たり前だが、川辺は寒い。そして一日中堤防に居たら、当然腹が減る。そして暇な時間は眠くなる。
 こんな当たり前の事に気づくのも実際に体験してみたからこそ。うむ。
 そして人間の身体の三大苦は飢餓と寒さと睡眠不足。という事をフィジカルに納得。
 いや、この苦しみは例えば戦時中とか、そういう時に使うもので、本当の意味での苦しみは千分の一も経験してないですし、言うのもおこがましいレベルではありますが。

 でも、結局、人間の「いやなもの」はそこに行き着くのだな。とも思いましたです。はい。
 暇で眠くなるのはむしろ心地いいくらいなんですけどね。


3・人間誰もそんな変わらん。すごい人もえらい人も居らん。

 僕が一日眺めてたのは旧・江戸川。大き過ぎず小さ過ぎずな、日本に良くある一級河川でした。
 でも、当たり前だけど、飛び込んだら、うん、死ぬ。
 そしてこのレベルの川は世界中に何千とある。
 どこにでもあるレベルの、この川の流れを変えたり、止めたりする事すら、誰もできないのよね。
 川に対して、人間の非力さよ。
 何がTPPだ。何が大阪都だ。小さいことじゃないか。

 そう思うと、ああ人間ちっぽけである。とまた悟った風な事を考えてしまうのでありました。大阪都が何なのかもわかってない癖に。

 この、どこにでもある川を、ストップさせたり流れを変えたりすることの出来る人間なんて誰も居ない。その意味で、すごい人、えらい人、というのも、際限があるものなのだな。また、川の流れと関係なく、自分にとって尊敬したい人、は必ず居て、大事にしなきゃいけないのだな。そんなことを不遜にも考えてしまいました。

 また、それでも時間をかけて知恵をかけたら運河を作っちゃったり出来るのも人間なのよね。
 人間×時間×知恵。これは力があるものなのだな、とも思ってしまったり。


4・夜の川は怖い。

 暗くなってからの水辺って、とっても怖いです。
 そして急激に気温が下がります。なんだろう、この感覚。
 川が流れてるときの音もなんとなく違うように聞こえてきます。
 水辺は運気が悪いとか良いとか、オカルトチックな事も言われる事がありますが、ちょっとだけ信じたくなるような流れの変わり方を感じました。うん、水って人間の生き方を飲み込んでしまいそうなのね。

5・暇ってとても重要。

 何もしない時間って、非常にクリエイティブです。

 人生10のうち何もしない時間を5使って、残り5で何かをしたほうが、10を使って全力で事を成すよりも効率がよさそう、という事です。全身全霊政治生命と進退を賭けて次の総選挙に向けてこの偉業を成し遂げます!というより、半分ポケーとするから残りで面白い事するよー、の方が、結果としてアウトプットするものの量も質も良くなるものだとフィーリングしました。ええ、根拠ないですが。根拠っぽいものは川の流れが教えてくれたのです。

 そんなこんなでジャパニーズサラリーマンらしからぬ一日。誰だ「あのおじちゃんどうして会社に行ってないのー」と幼女に指差されてる、公園でブランコ乗った中年のようだとか言ってる奴。

 というか、今冷静に傍から見たらまるで変わらないな。そして本質的にも変わらないな。うむ。悟ってしまったぞ。

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2012年01月11日

新宿

新宿

 僕が富山から上京してきたのは1992年。今から丁度20年前だ。

 この間、ほんの少し地元に戻っていた事はあるけれど、概ね東京か、その近隣で生きてきた。

 いろいろなところに住処を構えた。荒川区西日暮里、今は無き保谷市柳沢(現・西東京市)、文京区目白台、千葉県市川市。

 上京した当時、東京を象徴する都市は「新宿」だった。僕にとっては新宿を自由に活動できることが東京人としての粋なんだと思っていた。

 当時の新宿はまだ副都心も出来ておらず、まだまだこれから発展する気概に溢れ、またバブルが終わる寸前でもあったため(経済学的には終わってたらしいが、まだまだ浮かれていたように思う)、おどろおどろしいほどに華やかできらびやかだった。狂乱の宴ここで行われり。五木寛之の「青春の門」や筒井康隆の東京論、ゴールデン街での乱痴気話に憧れた身、北陸の奥田舎・富山から出てきた若造にとっては、これ以上の刺激的世界は考えられなかった。

(とはいっても、軟弱な若者が行ける新宿なんてゲームセンターやマクドナルド、新宿書店くらいしかなかったんだけどさ)

 大学時代は池袋から新宿がホームエリアだった。デートの待ち合わせはいつも高田馬場駅前ビッグボックスだった。新大久保で深夜の飲食店バイトにも精を出した。煙草臭い新宿の雀荘で寝泊りしたこともある。ギラついてネトついた僕らのバイタリティは新宿近辺が大体発散させてくれた。渋谷や六本木は、どちらかといえばライバル大学のホームタウンだったので、なんとなく敬遠していた。勝手に僕らがそう思ってただけだが。
 でも、代々木を越えるとケバだたしさが明らかに薄れていた。六本木・渋谷は、成熟した大人か、または高校生や中学生の街、僕らバイタリティだけの塊である大学生にとっては似つかわしくない街だった。当時はまだITという言葉も無く、渋谷が急成長して今の姿になるよりずっと前だった。マークシティは影も無く、渋谷パンテオンがランドマークだった。

 こう書くと「山本さんは昭和初期の人間だから」と言うヤカラが必ず居るので、何度も言うが僕は90年代以降の東京しか知らん。東急にロープウェイが通ってたのとか見たこと無いから。安田講堂事件とか三島割腹とか生まれてないから。知らんからね。

 話を戻して。
 先日、そんな新宿に久々に出かけてきました。

 今も変わらず新宿の街はケバだってると感じることはあるけれど、ある意味、落ち着いた、と思いました。90年代初頭に感じた新宿の勢いは、その後渋谷に行き、秋葉原に行き、今は墨田・・・に行くのかな。勢いは移ろいで行くものと思いますが、とうの昔に嵐が過ぎ去った街。そして静かに、でも個性溢れる豊穣な街。新宿は、過去に栄華を誇った街のたたずまいを、節度をもって守っている街、と感じます。

 写真は、夕暮れとスタジオアルタ。
 アルタといえば待ち合わせ。新宿東口は90年代の上京モノにとってのランドマークでした。スノッブで悪かったな。田舎モノと言いたければ言え。

 立ち並ぶものはそれほど変わってませんが、それでも、空気はやはり違いました。あの時には感じられなかった、清涼な風が新宿に流れてました。うん、もっとギトギトギラギラした油臭い新宿は、もうないのですね。
 
・・・あれ、それだけじゃないや。MyCityってもう無いんだっけ。掲示板にXYZとか書いてない?ヴァージンメガストアもないんだっけ。

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2011年12月30日

今年見た映画・読んだ本 トップ10プラス1

 2011年もあとほんの少し。僕自身も、日本も、世界も、激動の一年でした。
 身辺に不幸や悲しい出来事は(もちろん、震災という大きな出来事の中では様々ありますが)少ない一年でしたが、自分自身では、いろいろな事が大きく動きすぎて、自分のバランスを取る為に、どのようなスタイルを保つか、非常に難しい一年でした。

 そんな中、自分の胆、礎を落ち着かせてくれたのは、やはり映画や音楽や、本。時間を割いた分量、心を動かしたボリュームで言えば、今はそこにWebサービスも入ってくるのでしょうが、とりあえず今年一年の中で、僕が思うところのあった作品を・・・。相変わらず流行を無視して古いものばかりですが。特に今年は冒険モノ、ミステリーモノに大きく舵を切って没入した一年でした。

 とりあえず、順不同で10作品!
 そして、一昨日亡くなった書評家・内藤陳さんに敬意を表して。

 

【おとうと】

 家族モノはあまり見ないのですが、釣瓶の演技力に見惚れました。釣瓶の演じる弟の姿に、様々な人が重なって、ああ、愛すべき人にぼくは囲まれて生きてきたのだなぁと改めて実感しました。え、僕自身がこのキャラだって?

【レスラー】

 齢三十も後半になってくると、「オレの全盛期はまだまだこれからだ」と嘯く声もほんの少し弱ってしまいます。いやいやまだまだ僕はこれからのオトコですけどね。そんな声と真逆の作品ですが、全盛期を超えた(と表現される)男の愚直な生き方。身体がガタガタになりながらも、自分の死に場所を自分で決めた気になって倒れこんでいく男の物語。しぶとく生きるより、華々しく散りたいのですよ。わかる。うん。オトコって、馬鹿ですね。上記「おとうと」もですが、どうも最近オトコの馬鹿さ加減を愛してやまない気がします。


【昭和残侠伝】


 馬鹿なオトコモノ三連発。池辺良がヤニ臭くてかっこよすぎます。高倉健はお決まりの、我慢して我慢して我慢して最後にオトコを魅せて散っていく。あ、やっぱり散っちゃうんだ。でもこの行動規範と美意識には僕らは逆らえないのです。意地と見得で生きていくのです。震災後、改めてこの作品を見たのですが、生き抜くことと見得を切ること、その両立の難しさ、険しさを改めて思い知り、(詳細はまた別途記しますが)ああ、這いづってでも生き抜く逞しさを持つ女性と、すぐに見得張って(切るんじゃなくて)散ってしまう男性は、結婚して夫婦になって生きる意味がそこにあるのだなぁ、と思いました。はい、ええ、僕子供だからよくわかんないけど。

【深夜プラス1】

 今年読んだ本ベスト1。詳細は以前のブログに書いたので割愛。
 内藤陳さんへの敬意云々関係なく、この本は読了した瞬間にトップでした。合掌。


【文学部唯野教授】


 筒井ファンとして、浪人時代、新刊で出たばかりの頃すぐに読みました。けど、その頃はまだ大学も知らず、教授という生き物がどのようなものか全く解らずに、いまひとつ面白みに欠けました。改めて大学を経て、現在も学術に関する場所で務めるものとして改めて読む。抱腹絶倒。あまり書くと僕の立場が大変な事になるので割愛します。ええ、割愛しますったら。詳しくは本著を是非。そして文学論は下手な専門書より断然わかりやすく詳細。さすが我らの筒井康隆様です。変態的天才的変態。

【炎の経営者】

 いろいろと近縁ある化学工業の会社社長奮闘記。読んでる側も燃えます。経営とはこんなにも熱く苦しく、情熱的なものか。これがノンフィクションだというのだから恐ろしい。そりゃ高度に経済も成長するわけです。と他人事に傍観できないほど「お前は熱く世界に価値を生み出しているのか!?自分を信じているのか!?」を両肩を掴まれて揺さぶられてしまいます。


【女王陛下のユリシーズ号】

 男シリーズ第4弾。今年はオトコの当たり年なんだなぁ。かなり有名な小説ですが、恥ずかしながら初見でした。600頁を超える中、登場人物は全て男男男。総勢?名全員オトコ。女性が一人も出てきません。そりゃ戦艦の中の話だから、乗組員だけなので当たり前といえば当たり前なのですが。でも、それゆえに読者に擦り寄るようなラブロマンスももちろんなし。あるのは極寒と敵襲と忍耐のみ。勝利の見込み不可能な作戦を言い渡されて、ただひたすら北海を行く三十三隻の英国艦隊。ドイツ軍に次々と撃破され、満身創痍の状態の中、最後に登場してくる独軍最強戦艦ティルピッツ号・・・と、少年漫画も真っ青な、困難に告ぐ困難のストーリー。手に汗握る、というか、手が凍傷になります。読んでて本気で寒くなります。因みに著者マクリーンの作品としては「ナヴァロンの要塞」も有名ですが、僕はどちらかというとこっちの方が好きです。

【台風クラブ】

 三浦友和が三十代先生の役どころ。「先生、貴方には幻滅しました。」と歯向かう中学生に向かって「いいか、お前らも、オレぐらいの年になったら、こんな大人になっちまうんだよ!」

・・・前にこの作品を見たときは、中学生。今の僕は三十代後半。いろいろと痛い。痛すぎる。そして僕はまだまだ中学生に近い痛さと幼さを内包したままこの年になってしまった。思春期の映画ですが、僕はまだまだ思春期であり、中二病です。よーく見ろ。これが、死だ!


【先任将校】

 更にオトコもの。というか軍艦モノばかり読んでる気がするな。今度は日本軍ですが。そしてユリシーズ号の時は極寒が敵でしたが、今度は飢餓。・・・人間にとっての最大の恐怖は飢餓と寒さと睡眠不足とはよく言ったものです。本当に怖い。そしてユリシーズ号同様、将校の統率力と機転でなんとか生き延びるその姿は、生きるとは何か。組織とは何か。を十分に教えられます。統率力とは即ち人間性なのですね。
 
【鷲は舞い降りた】

 深夜プラス1とこの本が並ぶと、誰の影響を受けてるかすぐわかってしまいますね。台風クラブ同様、これも昨年以前に読んだ再読ものですが。改めて読んでもやはり素晴らしい。英国軍ものを読んだ直後に今度はドイツ軍が主人公。主人公シュタイナのヒーローぶりは少し美化されすぎたきらいもありますが、何より活かしているのがアイルランド解放軍のリーアム・デブリン。深夜プラス1の副主人公ハーヴェイ・ロヴェルと並ぶサブヒーローです。ラブロマンスや美味しい台詞を全部もってっちゃってます。そうそう、こちらの作品はラブロマンスあり、危機につぐ危機あり、英雄譚あり、最後のどんでん返しあり、と、読書の楽しさてんこ盛りです。これこそエンターテインメント。

【Cutting Edge】

 番外編。映像編集で少しでもメシを食った事があるモノとして。
 これはバイブルです。編集とは何か。カットとは何か。全てはここに描かれています。
 ペキンパーの作品を、キューブリックの作品を見て、編集の妙に感動した上、この作品を見ると、衝撃波を受けます。

・・・
 
 以上10作品(プラス1)。それ以外にも「ソーシャルネットワーク」「虐殺器官」「クリムゾン・タイド」「ロンメル将軍」「言語姦覚」「若き数学者のアメリカ」・・・いろいろとトップ10に入れたいものがありました。またぼちぼちブログで紹介していきます。

 今年もお世話になりました。来年もよろしくお願いいたします。

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2011年12月27日

今日でサイト開始から十二周年。

as a snake

 1999年12月26日、僕はこのサイト「RoyalScam」をはじめました。

 それから12年、よくまあ飽きずに続けてこられたものです。おめでとうありがとういやもうどういたしまして。

 誰が読んでるかまるで気にせず、時に「読んでますよ」と言われたらうろたえ、「え、そんなサイトやってるんですか?」と言われたら寂しくなり、SEOもコンテンツ充実も一切気にせず僕の20代後半からの不埒放蕩三昧をただただ垂れ流すだけのサイト。時代はテキストサイトからブログ、Twitterを経てソーシャルメディアへ。僕はただひたすらぐちぐちとこの場を離れず書きなぐるだけ。

 人間の一生なんてほんの数メガバイトにしかならないものなのですね。スーパーファミコンのカセット一つに入ってしまいそうな僕の半生。

 12年、干支まるごと一つ分です。その間なにやったかとかもう振り返るのすらやりたくない。

 明日に向かって這いずり回るのみです。生き抜くよ。

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2011年12月25日

気狂いピエロから始まる連休


 少し、長い休みに入る予定です。

 ここのところ、ひたすらに寝ています。これでもかというくらい。人間はどこまで眠ることが出来るのでしょうか。

 長年、かみさんの病気に付き添って居たことからも、睡眠が人間の精神にどれだけ安定をもたらすかは良くわかっているつもりでした。とにかく、心が穏やかじゃなくなったら、ガンガン寝る。それだけで人間は落ち着きます。いや、本当に。
 人間、少し心が傷ついたら8時間ほど睡眠を取るのが一番だと思います。何より睡眠不足は良くない。精神のどこかに軋みが出てくるものと思います。


 寝るの好きなんですよ。どれくらい好きかっていうと、朝起きてご飯食べたらまた布団に入って熟睡するレベル。24時間中今は22時間くらい寝てるのじゃないだろうかと思います。たまたま起きてる時間にブログ書いてますが、夢うつつのまま布団の中でもiPhoneとケーブルテレビのリモコンと電気毛布のスイッチとエアコンのスイッチ、お茶のポットと茶菓子は全て手の届く範囲に常備されてます。

 そのまま起きなくても生活が出来るのではないか、80日間世界一周ならぬ80日間布団から出ない、なんて生活もできないものかと真剣に考えてます。睡眠は本当に大事です。みなさん、生きてる合間に休憩のために睡眠を取るのではなく、睡眠を取ってる間が生き様で、たまたま余った時間で身体を縦にしているだけではないでしょうか。

 ともあれ、睡眠を十分に取る、その十分の範囲って、今の社会人が考えてるレベルでは足りないのじゃないかと思ってます。
 一日8時間?とんでもない。それだと普通に一日生活した分の体力を復活させるだけで精一杯です。その間におきたトラブルや、心の傷、ショック、驚き、そういったものを身体にならすことを考えたら、一日のうち24時間は寝てないと身体がもたないと僕は考えてます。うん、一日起きて一日寝るレベル。ちなみにうちのかみさんは5年くらい寝たら身体が動き出しました。そういう事例をみてると、睡眠が与える影響ってもっと真剣に体に与える環境を作らないといけないのではないかと思っています。

 てなわけで、ココのところ、連休はひたすら睡眠。ひたすら熟睡。ひたすら安眠。たまにケーブルテレビつけて映画見て、本読んで、ネットして、の毎日です。

 睡眠の合間にたまたま見たのが「気狂いピエロ」ゴダール監督の名作です。僕も5回くらい見てる計算です。(でも前見たの15年ほど前だけどね)
 この映画を消化するのにも、また睡眠が必要です。いや、これこそまさに睡眠の中で映画を堪能しなおすくらいの勢いです。

 気狂いピエロから始まる連休。なかなか楽しげなものです。

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2011年12月12日

幸福をきちんと生きるためには、不幸をきちんと生きなければならない。

幸福をきちんと生きるためには、不幸をきちんと生きなければならない。

-------------------------
生をリアルに感じるには、死をリアルに感じなければならない。
幸福とは、こうした人生の矛盾した二面性のなかから、
あなた自身の物語を引き出すことである。


低迷期を、どう きちんと生きるか。どう自省して、生かすかですね。

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2011年11月27日

弁天 江ノ島 大雨

かみさん「やばいわ。来月、相当ピンチだわ。」

わたくし「師走は金かかるからな。」

かみさん「年越せるかしら。」

わたくし「よし。僕に任せておけ。こういうときは、神頼みだ。」


生まれた時からスーパー他力本願な生き方をして38年。困った時は神頼みに限ります。ええ、人間努力したところでタカが知れてます。人間一人の力で出来ることなんて微々たるモノです。大きな流れに乗って、偉大なる御力を借りて事を成す方が理にかなってます。ええ、単に努力が嫌いなのです。


でも神頼みのための努力は惜しみません。本末大転倒です。


と言うわけで、神頼みしてきました。


話せば長くなるので省きますが、僕は弁財天好きなのです。なので、神頼みといえば江ノ島に行かないといけません。(注・江ノ島は弁天様の島です)僕は信心深いので、ちゃんと弁天様の居る場所まで行ってお参りしてまいります。7年ぶりくらいでしたが。どこが信心深いのやら。

因みに7年前におまいりに来たときのブログ
ID:yamamoto PW:tasuku

 千葉から非常に遠いです。更には、弁天様は嫉妬深いので、夫婦でいくと不和になります。僕一人でお出かけです。延々東海道線とモノレールを乗り継ぎ、江ノ島に着いたのが午後4時。大分暗くなってました。

 暗くなってた、というか、大雨。嵐。

 コンビニで傘を買うも30秒で骨が折れる。靴下が大変な事になったので3足ほど購入するも全て台無し。江ノ島に渡る橋の上で、「もう、無理、ちょっと、無理、ギブアップ!」と、江ノ島に渡ることを断念。橋の途中から御参りしてまいりました。きっと伝わってることと思います。信じてます。


 そんなこんなでお参りしてきました。これでウチは大丈夫です。五穀豊穣子孫繁栄大願成就七転八倒。

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2011年11月22日

ケーブルテレビ

ケーブルテレビに加入しました。

いや全く。時代に逆行しているのは承知の上です。でも、どうしても入りたかったのです。

きっかけは、先日行った渋谷NHK。
ここで、NHKアーカイブスを見たんですよ。
※NHKアーカイブス-昔のNHK作品を無償で閲覧できるサービス。

視聴したコンテンツは「チャウシェスク政権の崩壊」。NHKスペシャルの中でもひときわマニアックな番組です。でも、山本家の人間としてどうしても見ておかないといけない作品でもあるのです。話すとまた長くなるので詳細は控えますが。身内に亡命者もルーマニア人も居りません。ええ。

 感想。「ドキュメンタリー凄い」。

 この「凄」って漢字、シャープすぎてよう使わないのですが、今回に限っては本当に凄いと感じた。

 プロ一線級の映像はこうあるものか。うむむ。映像屋の端くれとして、やはり良い作品を日々見続けて眼を肥やさないといかんな。うむむ。毎日ニコニコ動画やYoutubeばかり見とったらいかんな。うむむ。うむむ。

 という訳で、感動した気持ちを忘れる前に。

 NHKオンデマンドと契約、そして更に、いちかわケーブルテレビとも契約。この年にしてテレビっ子デビューです。自宅帰ってまずPC点ける前にテレビ点ける習慣になる日が来ると思わなかったよ。どちらにしても駄目人間とか言うな。

 これで、AppleTVとWiiとiPhoneとPC合わせ、ひたすらin the コタツで何年でも生活できるスタイルが完成しました。布団の下半分をコタツに入れる「雲竜型(今命名した)」で今年の冬は腐れ果て乗り切ります。
 そんな僕の、NHKオンデマンド&ケーブルテレビオススメ番組トップ3です。

1・ナショナルジオグラフィックチャンネル

 これはすごい。さっきからすごいしか言うてないが、これはほんとうにすごい。
 話し始めるときりが無いのだが、番組におけるクオリティの、撮影能力・構成力は言わずもがな。今回特にびっくりしたのは「編集力」。
 コレ絶対世界一流のエディターが集まってるだろ。「映画も一流アーティストのPVもなんでも作ってきたけど飽きたからドキュメンタリー作る」みたいな人ばかりで作ってるだろ。なんでただのカバのカットインがジョンウーみたいに太陽かぶせて切り返してるんだよ。しかも自然に。ストーリーになじむように。なんで一瞬のワニのCGでうろこ一枚まで完璧に仕上げてるんだよ。怖いよこのクオリティ。
 そしてそのクオリティを、決してマーケットに迎合した番組にしてないところも高評価。
 昼1時からぶっ通しで「ワニスペシャル」一挙5時間放映!!「ワニとカバ、危険な子育て」「ライオンvsクロコダイル」「ワニのギャングランド」「最強の捕食者たち~ナイルワニ」「クロコダイル・キング」・・・誰が見るんだよ。はい、僕が見ました。番組の合間にはMTVテイストなキャッチー・ステーションブレイクを入れ「ワニ番組中、人気第一位"クロコダイルキング"」て、誰のどこの人気なんだよ。ええもちろん録画してみましたが。
 因みに来週は「世界の工場スペシャル」だそうです。コカコーラ工場やベンツ工場の特集とのこと。すごく見たい。
 というわけで、ナショジオチャンネル、お勧めです。

2・NHK人形劇「三国志」

 説明するまでも無いでしょう。紳助竜介が語り部を務める中、川本喜八郎作の人形が大活劇を繰り広げるNHK渾身の珠玉。往年の名作です。これをDVDを買うことも無く、番組の放送時間を待つことも無く、好きなときに好きな量だけ一挙に見続けることが出来るなんて、今はなんと素晴らしい時代なのでしょう。デジタル万歳!です。こういうところにデジタルストリームを感じなければなりません。

 3・MTV

 80's culture king! ハンバーガーと映画館とMTV。アメリカに憧れた80年代はFENかMTVか。僕の中では常にMTVはスリラーとフットルースがかかり続けています。
 あの頃の憧れを取り戻すべく、MTVにチャンネルをあわせるのです。
 早速見たのはメタリカライブ。回顧と言われても気にしません。今は素晴らしい時代ですが、過去も素晴らしい時代です。つまり、僕が生きている限りその時代は素晴らしいのです。味が違うだけでね。
 そしてその次番組がパフューム PV特集。うーん、良くわかってる。もちろん録画して見てます。
 音楽に対して流行を追いかけないとしても、MTVを見ている自分、というものを再確認することで、また自分自身に新たな世界が繰り広げられるのです。つまりMTVはお洒落なモテアイテムなのです。

 その他にも、コロンボ、モンクと名探偵モノばかり扱う「AXNミステリー」、歴史ドキュメンタリー専門「ヒストリーチャンネル」、日本映画専門チャンネル、ひたすらテレビショッピングの「ジャパネットたかたチャンネル」、羽生スペシャル!「囲碁将棋チャンネル」・・・すごく面白そう!と思うものから、誰が見るんだよ、と突っ込みたくなるものまで、様々。この雑多さがケーブルテレビの素晴らしさですね。

 将来お祭りチャンネルをケーブルテレビで開局することを僕の夢に加えました。

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2011年11月12日

休養を経て、ここ1ヶ月を振り返り。

SNS(輔家)にご参加頂いている方には前もってお伝えしておりましたが、改めて。

先々週より2週ほど、休養をいただいておりました。
ご心配をかけた皆様、ごめんなさい。

少しづつですが、調子を取り戻してまいりましたので、改めて筆をとっています。

とはいえ、この1ヶ月に何があったのか。
改めて説明をしようにも、なかなか自分自身ではまとまりきっていません。

そんな折、妻の日記にこの1ヶ月の僕の状態について、まとまっていた文章が掲載されていたので、許可を経て引用します。

僕の妻だけあって、僕に負けず文章が長いです。

----<以下、引用>----

しばらく前の日記に、「夫が、夏頃からストレスまみれになっていて、その巻き添えでわたしも振り回されて大変」みたいなことを書きましたが、その夫のストレスが、先月の終わり、加速度的な悪化劇を呈したらしく、ある朝わたしが起きたら、夫の心が折れていました。

うつ病の家族(=わたし)をケアする疲れを軽減するために、夫はここ数年来、わたしの主治医と連携している臨床心理士にかかっているのですが、その心理士がいち早く夫の異変を問題視して、即精神科ドクター(=わたしの主治医)の診察→初歩的な抗うつ剤と眠剤の処方、という運びになりました。

あわせて、心理士からの進言書?のようなものが出たことで、会社を計2週間、休むことになりました。
夫の心を折った、ストレスの源に関しては(中略)、会社側としても、経緯もよくわかっていたし、健康を害させたと賠償責任を問われるようなことになっても困るし、みたいなことで、対応が早かったようです。
↑この辺の詳細は、わたしは外部の人間でしかないので、多分に憶測を含みますが。

※山本注:会社側に責任を感じることや賠償責任を問うなんて事は全く無く、むしろ迅速な対応に感謝する次第です。


今週は、夫は毎日半休で出勤しています。
休養を取る・服薬を始める、のタイミングが、至極迅速だったおかげか、夫も少しずつ元気を取り戻してきているように思います。
大変だったのは、彼の休養第1週でした。

文字通り付きっきりの看病をしていたら、1週間と持たずに、看病疲れであっさりわたしが倒れまして。
まーもともと、わたし自身、現在進行形の病人ですし、必然と言えばそうなんですけど。
あっけなくわたしも倒れたことで、逆に夫もシャンとしたのか、あるいは単に1週間休んで多少楽になったのか、2週目には共倒れしない形で、持ち直すことができましたが。

元来夫は、ああ見えて(どう見えて?)、決してメンタルの強くない人です。
ただ彼は、自分の弱いメンタルを守る術に長け、助けてくれる存在(それは必ずしも「人」ではない)に身を寄せることが上手い人でした。
わたしはその、彼の「自衛能力」をとてもとても信頼していました。
(人は、必ずしも強く在る必要はなく、ただ上手く自分を守れればよいのだと、彼の生き方をわたしなりに真似ることで、ここまでわたし自身の病を克服してきた部分も大きいです。)

今回彼が弱っていく経緯を、近くでずっと見ていましたが、今回にかぎって、彼がどこで何を誤って、あんな、にっちもさっちもいかない状況にまで追い詰められたのか、正直言って全くわかりません。
本人いわく、いろいろ運が悪かった、とのことですが。
不運な目に遭うのはわたしの専売で、夫はいつも必ず上手くやると、本当に信じていたので、心の準備がなくて参りました。

あ。
夫に失望したとか、そういう意味じゃないです。
ただ素直に、本当にびっくりしました。
もう立派に中年だし、一般的な体の病気には、いつ、かかるかもしれない、というのは思っているけど、彼は心だけは病まないと、勝手に思っていました。
彼は、わたしと違って、そんな目に遭うことにはならない、って、思っていたのですよねえ。
そう。彼はわたしとは違う、ということを、よい意味で、盲目的に信じていました。

そして実際、やっぱり違いますけれど(笑
わたしが日中当たり前に服用している安定剤よりも軽い眠気しか促さない眠剤で、ぐぅぐぅ気持ちよさそうに寝てるし。
抗うつ剤だって、わたしに言わせたら「笑わせんじゃねぇよ!」ってくらい、ちょびっとの量で「あー。落ち着くー」ってしあわせそうだし。
これだけ微量の薬で、これだけ元気が戻るなら、大丈夫だろうと、妻としての立場とは別に、うつ病患者の立場で思います。
(ただし、量は少なくても、依存性の強い薬らしいので、よくなってからも、減薬していくのに、多少時間はかかるかもしれませんが。)

そんなこんな騒動の中、この前の日曜に、夫は38歳の誕生日を迎え、同じ日にわたし達夫婦は結婚丸11年を迎えました。
当日はあいにくの雨でもあったし、こんなときだし、特に盛大なイベントはしませんでしたが、外に食事には行きました。
いろいろありながらも、2人の気持ちが離れることはなく、結婚11周年をまたぐことができて、きっとしあわせなことなんだろうな、と思います。

----<引用 ここまで>----------


どうも。メンタルの強くない人です。
最終的にはいつも妻におんぶにだっこな僕(五歳児)です。
自らも、「心が病むことはない」と信じていたのですけどね。まあ、そういう盲信こそ根拠のないものなのですが。

とりあえず、快気ではないですが、少しづつ上昇過程にあります。
おかげさま、おかげさま、でございます。皆様ありがとうありがとう。
次回作にご期待ください。


今回、知ったこと。
自分の足だけで立とうとする人生なんて、つまらないし、不可能なのだな。
必ず、誰かの支えがあるのだと。人の援助を少なくしようと云う努力も、極端に言えば必要ないのだと、なんとなく解ってきたし。

大人になるってのは、自分で立つことじゃなくって、周りに愛されて支えられてることを自覚すること、なのかもね。


気がつくと結婚生活も11年。二人三脚の人生も、板についてきました。
背負って、背負われて。ですね。

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2011年10月23日

生きてます。

最近BlogもTwitterも書き込みできず、失礼しました。

なかなか書き込むことが出来なかった理由はまたSNS「輔家」にも記載をば。
恥ずかしながら表で書きにくいのです。いや、悪いことはやってないのだけどね。

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